メイン州の暮らし ~ Shining Sea

メイン州のアーカディア国立公園の浜にて。

10年住んだイン州を離れて3年になるが、あの美しい自然が懐かしくてしかたがない。さすが、「バケーションランド」という異名をもつ州だけあった。

でも、冬が来るたびに、厳寒のメイン州を離れてよかったと思ったりもする。とくに、今、住んでいるミズーリ州は、冬でも東京のような気候であり、町中を歩けたりする。体の開放感が、全くちがう。

ずっと「自分たちにとって幸せな生活環境とは何か」を考え、実験してきたが、人間の生活には、自然、人、文化など、様々なものがあってこそ驚いたり、感動したりして豊かになる。問題は、いかにそれらをいっしょにつなげるか……。

日本でも田舎暮らしがはやっているようだが、いい点も悪い点もあり、来年こそは、これまで体験してきたメイン州の田舎暮らし、カンザスシティの都会暮らし、フロリダの巨大分譲地暮らしを比較して、ブログに書いてこうと思う。

翼があればいいなぁ……。

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カンザスシティの暮らし ~ コロナウイルス Part 3

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静かなカンザスシティのダウンタウン。カンザスシティの現在のコロナウイルス感染者数は143名(死亡1名)と多くないので、パニックになっているようには見えない。でも、ミズーリ州のコロナウイルス感染者数は1834名(死亡19名)。1週間で1579名も増えた。ピークはまだまだらしい。

やっと、アメリカ政府はマスクの使用をすすめだした。ただ、サージカルマスクは品不足だから、スカーフとか自分で作った布マスクを使用するようにといっている。アメリカ人は不器用な人が多いから、マスクをハンドメイドするのをめんどくさがる人もいるだろうが、その一方で、他の人のためにたくさんの布マスクを作って無料で配布するアメリカ人がたくさん出てくるだろう。ここがこの国のすばらしいところ。

電話をしたら、義母もすでにミシンでマスクを作っている最中だった。いったい幾つ作るつもりか? さっそく私たちにも送ってくれるそうだ。ミシンが壊れているので、ありがたいことだ。

前のブログで、アメリカ人は、2mの間隔(ソーシャルディスタンス)を開けるなど、しっかりとルールを守っていると書いたが、実はそれは私のまわりだけらしい。公園やドッグパークでたむろする人たちがいるらしく、先週の日曜日には、市長が怒って警告を発していた。だから、マスクも必要になってきたのだろう。

こういう人たちは、コロナの大きな連鎖が見えないのだろう。たとえば、家が火事になっても、消防士がかけつけてくれないかもしれない。今朝、こんなニュースが出ていたーーカンザスシティでは、8名の消防士が感染したために、彼らと接触のあった95名が自宅で自己隔離をし、そのうちの30人がやっと任務に復帰したーー今のところ、人員不足にはなっていないらしいが、コロナの影響はこんなところにも広がっている。

 

東11通り321番

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Autumn Sunset ~ 茶花の野原

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©William Ash

アーカディア国立公園のキャデラック山への道では、野草がすっかり秋の色をして、夕陽の中で輝いていた。

かなり前のことだが、日本で生け花とお茶を習ったことがあった。10月の茶会のときには、先生が、野草の生け花を飾られた。この「野花の投げ入れの茶花」には、いつも息を飲んだ。小さな器だったのに、画像のような一面の野原を思わせた。すばらしかった。

先生の心の中には、こんな野原があったのだろう。茶花を見るたびに、私はその野に立っていたのかもしれない。それとも、未来にメイン州の秋の野原に立っている自分にシンクロしていたのか。だから、あんなにじ〜っと茶花を見つめてしまったのだろうか。

半世紀も生きてくると、「感じる」ということが、感情のアップダウンという、ハリウッド映画のようなそんな単純なことではないのがわかる。50歳過ぎてから、「だからあの時は、あんな風に感じたんだなぁ〜」と納得したりする。

「今、感じていることが、未来のどこかにあるのかもしれない」と思いはじめると、「感じ」よりも、「本当は、いったい何を見ているのか」が気になってくる。