さくら、さくら

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©William Ash

2月に厳寒に咲く梅の花の高貴さにうたれ、3月に桃の花の愛らしさにほのぼのとし、やっとたどりつく桜の花。その華やかさに冬を忘れ、春になって踊りたくなるのも無理はない。でも、メイン州では春雨が小雪に変わる4月。やっとクロッカスが咲いた今。(写真の桜は、堺市の大仙公園にて撮影)

日本の風景 ~ 遍路の今と昔

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©William Ash

四国遍路道は、88ヶ寺だけをめぐるならばおよそ1200キロある。整備された道や速乾の服、靴、レインギア、テントに寝袋といった近代的な装備のおかげで、速い人で40日未満、平均して50日ぐらいでまわれる。「歩き、祈る」という基本的なことは同じでも、100年ぐらい前は、100日ぐらいかかったそうだ。

下の写真は、1914年に出版された本、Nippon’s Lotus Ponds; Pen Pictures of Real Japan ( Matthias Klein著) に載っていた20世紀初頭の僧侶の遍路姿で、わらじをはき、ござや弘法大師の像を背負っている。さぞかし、たいへんなことだっただろう。shikoku_pilgrims_1914

30代のアメリカ人と日本人の夫婦遍路が、四国八十八ヶ所遍路道を奥の院や番外といっしょに3周した思い出をまとめた75日間の聖地巡礼日記
「空海の人びと」
電子書籍ソフトカバー本で発売中。

日本の思い出 ~ 東京の道 Shinjuku

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©William Ash

新宿のヨドバシカメラには、よくいった。そのあと、あたりをうろついて、夜のダウンタウンを楽しんだ。 今にして思えば、煩雑ながらも安全で、わりときれいと思える町だった。ビジネスマン、学生、OL、客引き、ティッシュペーパーを配る若者たち‥‥。寿司屋、うどん屋、ドラッグストアー、ラーメン屋、ゲームセンター,ビルに大学、デパート‥‥。欧米の美しい景観もいいけれど、新宿のように狭い場所にごちゃごちゃしながらも、共存していることに違和感のない町も、またなかなか。そういうことができるのは、ひとつの才能だと思える。映画のロスト・イン・トランスレーション(Lost in Translation)で新宿の町がでたときは、それはもう、うれしかった。町の景観はどんどん変わっていくものだけれど、いろいろな人やものが共存できる温かみは永遠であってほしい。

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©William Ash

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日本の思い出 ~ お茶屋の春

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©William Ash クリックして拡大してご覧ください

お茶屋で、お抹茶を頂きながら過ごす春のひととき

お茶の苦みに 和菓子の甘み

茶碗の温かみに 陶器の色

空気を伝う音に 香り

お茶を頂くという ただそれだけのことから得られる静寂と その不可思議

しかも ほんの少しの時間とお金から得られるという ありがたさ。

 

 

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嵐の終焉~日本アルプス・白馬

japanese_alps_breaking_storm日本アルプスの上空を覆っていた雲が、切れ始めた。標高3000メートルの白馬のあたりで撮影したもので、山脈の向こうの雲の下は日本海だ。クリックして拡大してみてほしい。

(追記)
この記事は、にほんブログ村の「空と雲トーナメント」で優勝いたしました。応援してくださった方々に心からお礼申し上げます。

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日本のお正月

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©William Ash 奈良の東大寺の大仏

関西にいたとき、新年はかならず奈良の東大寺と春日大社にいった。

大仏様を見上げると 不思議と毎年思い出すチベット僧ツォンカパの言葉がある。

「覚えておきなさい。

人の一生は,雨のひとしずく。

現れる先から消えていく、美しきもの。

だから、目標をもちなさい。

それに向って、昼となく夜となくはげむのです。」

 

 

translated by 大坪奈保美 写真集「TIBET:光との出会い」by WILLから

丸保山古墳と百舌鳥古墳群

kofun_maruhoyama2丸保山古墳の前には、八丈神社がある。この古墳も大仙古墳(仁徳天皇陵)の陪塚とされている。大仙古墳のすぐ西側にあり、全長が87メートルの前方後円墳だ。
kofun_maruhoyama1堺市の百舌鳥古墳群の中に住めたことは、本当に貴重な経験だったと思っている。お墓でありながら、墳丘の「緑」と壕の「水」が、都会のなかで野生動物を呼ぶオアシスとなっている。また、周りが散歩道になっていたり、公園になっている古墳もあり、人々に愛されている。しかも、1カ所に集中することなく、4キロ四方にわたってこうしたオアシスが点在している。へんな話だが、古代の墓場に、未来の理想的なお墓、いや、未来都市のあり方を見た気がした。

 

永山古墳と百舌鳥古墳群

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永山古墳 by William Ash

永山古墳は全長およそ100メートルの前方後円墳で、大仙古墳(仁徳天皇陵)の陪塚と考えられている。私たちが堺に住んでいたときには、この壕は釣り堀として使用されていた。古墳のお堀で、釣り糸をたれてのんびりと釣りをしている人をみて、なんか時の流れを感じさせる風情があり、それでいてどこか悠長な景色だった。調べたところ、この釣り堀は2011年に95年の歴史をとじたらしい。(画像をクリックすると拡大されます)

乳岡古墳と百舌鳥古墳群

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乳岡古墳 by William Ash

堺には大小あわせて107の古墳があったが、60基以上が消滅している。残されたものでも、壕が埋め立てられて住宅地になったり、墳丘そのものが削られるなどしている。写真の右をしめる乳岡古墳は、百舌鳥古墳群のなかで、最も古いものらしく、かつては全長155メートルもあった前方後円墳だったが、今では後円部が残るだけとなっている。