お茶屋で、お抹茶を頂きながら過ごす春のひととき
お茶の苦みに 和菓子の甘み
茶碗の温かみに 陶器の色
空気を伝う音に 香り
お茶を頂くという ただそれだけのことから得られる静寂と その不可思議
しかも ほんの少しの時間とお金から得られるという ありがたさ。
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と
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この時期、日本のブログをみると桜三昧で、日本中が桜の花で埋まっているかのようだ。メイン州では、やっと雪が消えたばかり。桜の樹も一度しかみたことがない。写真は、大阪の公園で10年以上も前に撮影したもので、お花見の人で木々の下はいっぱいだった。メインの家の窓ガラスから見た外の景色が、こんな感じであったなら‥‥。桜を愛でる人の心よ、桜は散っても、いつまでも幸え給え。
「日本の思い出~桜の花より生まれし人々へ」
桜の花のした
家族連れが 学生が 子供が 恋人たちが
歩いてはとまり 歩いてはとまり
まるで 稚児のようだ
ホームレスの人たちが
段ボールの家からでてきて 頭をつきあわせ
みんなで将棋をしている
鳥の声が 犬の吠える声が
カラオケの音が 手拍子の音がする
赤ん坊に 花を指さす母親がいて
その下で昼寝をしているおじさんがいる
コンビニの弁当を片手に 中学生たちがあつまって
地べたで笑い転げ
老人ホームの団体が 車いすを馬のようにのりこなし
バーベキューをしている
なんという所だろう
この人たちは どこからきたのだろう?
春は
得体のしれない空間を浮かばせる
それは 桜の花にはじまり おわる
鳥が 惜しげもなくついばむ花びらが
砂時計の砂のように
ひざを並べ 鮮やかな弁当に
箸をのばす人々に 落ちていく
あー 日本人よ こうして
つかの間の生を祝いながら
ともにのぼっていこう
DNAの螺旋を スルスルとのぼりつめ
桜の花のもとに集まろう
小さな座布団をも分ちあうことを知っている人々には
すわっても なおすわりきれない玉座が そこにある
さあ 日本人よ のぼっていこう
この世のものも あの世のものも
夜桜の下で 星をながめよう
愛でる心にすべてをゆずり、お腹一杯になった人々には
かなたの輝きも またなんて 親しいものに見えるだろう
(©Naomi Otsubo 2014)
(注)この詩のオリジナル版の英訳が「Translation:Bates International Poetry Festival 2011」に納められています。詳しくは、こちらをクリックしてください。
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大阪堺市の百舌鳥八幡寓で行われる月見祭りは、長い間、住民の間で守られてきた地域のお祭りだ。9月か10月の満月の週末に行われ、九つの町が参加して、壮麗な九つのふとん太鼓が出る。それぞれの太鼓を担いで練り歩くのには、少なくとも100人以上が必要で、担ぎ手や応援する人々をみていると、住民の繋がりの強さが感じられてくる。
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熊谷寺は、その名前ほど、恐ろしいところではない。むしろのどかなお寺で、小さな谷の端にある。写真の右は本堂、左の階段は大師堂へと続いている。
鐘撞き堂で鐘をつきながら、私たちは、あるアメリカ人夫婦のことを思っていた。まだ遍路道ブームがおこる前の90年代、かれらは遍路道をテントをかついで歩いて巡り、この鐘撞き堂では、住職から許されて一夜を過ごした。そう‥‥、かれらこそ、私たちが遍路道を歩くきっかけとなったのだった。
30代のアメリカ人と日本人の夫婦が、八十八カ所や奥の院、番外を訪ねながら
四国遍路道を歩いて3周した遍路日記をまとめた聖地巡礼メモア
「空海の人びと」、
電子書籍とソフトカバー本で発売中。
日本アルプスの上空を覆っていた雲が、切れ始めた。標高3000メートルの白馬のあたりで撮影したもので、山脈の向こうの雲の下は日本海だ。クリックして拡大してみてほしい。
(追記)
この記事は、にほんブログ村の「空と雲トーナメント」で優勝いたしました。応援してくださった方々に心からお礼申し上げます。
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この冬は、「四国遍路道」写真集の作製をしていて、四国遍路の日記を見直している。一周あたり、歩いて平均50日ぐらいかかる。写真の笠に書かれている「同行二人」は、「弘法大師といっしょに二人で歩む」という意味で、私たちは弘法大師とともに「世界平和」を祈りながら3周した。
遍路中は、テレビの放送とは似ても似つかない光景をみて、いろいろな思いが心をよぎった。でも、1周目(1998年)が終わったときは、さすがに驚いていた。この道を守ってきた、ふところの深い慈愛に満ちた精神は、どこから来ているのか?
歩き終えたときには、「人生そのものが遍路道、日常生活もまた遍路道」という、当たり前の思いをもって家路につく人が多いというが、確かに、あれだけ体も使って歩けば、どっかに意識だけが飛んでいってしまう妄想人間は、遍路道からは生まれないだろう。
ただ困ったことに、普通の生活にもどっても、どこへでも歩いていこうとする。どこへでも歩いていけると信じている。バスも電車も目に入らず、ただモーレツに歩きたくなる。喜んだのは犬で、それまで15分だった散歩が、2時間、3時間になった。いっしょに歩いていた空海が、今度は、愛犬になったような気がした。
でも、今はメイン州の冬の中、あまりに寒すぎて歩けな〜い。
30代のアメリカ人と日本人の夫婦が、八十八カ所や奥の院、番外を訪ねながら
四国遍路道を歩いて3周した遍路日記をまとめた聖地巡礼メモア
「空海の人びと」
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公園の地域には、何百年という間、ナバホの人々が住んでいる。今も、カボチャ、トウモロコシ、りんご、なしなどが栽培され、馬や羊も放牧されている。写真の中央、岩壁の影となっているあたりにある小さな点々は、羊だ。キャニオン・デ・シェイは国定公園になっても、土地は依然としてナバホの人々のもので、大切にされている。
車のツアーに参加したり、渓谷に降りて遺跡を訪ねたのだが、砂ぼこりというものが気にならなかった。創造主が土で人間の体をつくり、そこに命を吹き込んだというネイティブアメリカンの神話は、こういうキャニオンでは真実みを帯びてくる。
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