月光によって日頃は見えない月のまわりの星たちも、月食のときだけはよくみえる。日曜日の夜は、スーパームーンのオレンジの月と満天の星が、ともに庭の森の空をめぐった。こういう空をみていると、夜のほうが現実で、昼はただのフィクションに感じられてくる。
月別アーカイブ: 2015年9月
スーパームーンの月食
見た目よりも複雑なものが、そこにはある‥。
カメラは人間の視覚をまねたものだから、シャッターを押せば、自分が見たイメージをカメラが捉えたと思いがち。でも人間の目は、そんな単純なものじゃない。
たとえば、中央の画像の「夕暮れの景色」を見ているとする。
ところが目の網膜のある細胞は、左の画像のように、どれだけ明るいかという輝度がわかるが、色には反応しない。また他のある細胞は、右の画像のように、色に反応できるが、輝度はわからない。これらの別々な細胞から、輝度と色のシグナルが脳に送られる。しかも、別々な場所に送られる。
だから、見ている景色とは、左の画像(輝度だけの画像)と右の画像(色だけの画像)が、別々に脳内で処理されることによって再生された画像にすぎない。
生物が色に反応するようになったのは、進化の過程でいえばごく最近のことらしいが、色に反応できることは、とてもすばらしいこと。輝度だけじゃあ、空はつまらない。
水平線上のオレンジ色の空(中央の画像)が、雲の間から見える青い空と同じ明るさ(左の画像)に見えてしまって、夕焼けの空ではなくなってしまう。視覚に色が加わったからこそ、見えるようになったものがたくさんある。もちろん、右の画像からもわかるように、色だけだと構造や詳細はわからない。
光、光というけれど、電磁スペクトルのなかで見えるところまでの呼び名にすぎないし、目に見える色は、人間の視覚が光に反応しているからそう見えるだけで、実際に自然界にそうあるわけではない。
でも、輝度と色に加えて、想像をも超えた美しい世界に反応できる知覚システムを、もっともてるように進化していけたらいいな。
ペマキット・ポイントの夕暮れ
これは何?
クラブアップルの収穫 2015
今年初めて、たくさんのクラブアップルがとれた。昨年ほんの数個の実をつけ、今年は数百個もなった。昨年のはすっぱかったのに、今年の実は甘く、ほんの少しだけハチミツをまぜてクラブアップルバターを作った。これから毎朝、バター代わりにパンにつけて食べることになりそうだが、それを思うと、木をみる目もかわってくる。木の命が育てたものを、毎朝口にして自分の命をつないでいくわけだから、ほんと、「お世話になっています。」といいたくなる…。
黄金のとき ~ アキノキリンソウ
ブラックベリーの終った野原
7月から始まったブラックベリーの収穫が終った。今年は、8月の終わりからこれまで、晴天と雨がほどよく繰り返したせいか、とてもたくさんとれた。ほとんどは冷凍庫に入り、冬の間、パイやスムージー、パンに入れたりして食べることになる。野原は今、色づきはじめたブラックベリーとゴールデンロッド(アキノキリンソウ)の花で輝いている。
小さなお池は、いかがなもので。
一日の終わりに
アーカディア国立公園のスクーディック・ポイントにある「小さなムースの島」の夕暮れ。現実という概念が消えそうな時間。満月の夕暮れの海は、こちらをクリック。









