空海の人びと in iBook Store

 

空海の人びと」が

世界51ヶ国の Apple iBook Store

に登場しました。

 

夫婦で四国八十八ヶ所遍路道を、奥の院や番外といっしょに3周した思い出をまとめた75日間の聖地巡礼日記です。この季節になると、やけに懐かしくなる遍路道。


詳しくは、こちらからどうぞ

 

空海の人びと ~ 近刊のお知らせです

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©William Ash

空海の人びと~ 迷いながら歩いた遍路
(by naomi otsubo)
2016年10月に発売されます。

30代のときに、四国八十八ヶ所遍路道を、奥の院や番外といっしょに、夫婦で歩いて3周したのですが、その思い出を1周目の1998年の日記をもとに、75日間の巡礼のメモアとして1冊にまとめました。

アメリカ人と日本人がともに経験した遍路道
見知らぬ人と何気に話す……そんな空間を歩き続けた75日

ひどいニュースが流れる今日だから、旅情報ではなくて、遍路道で出会った見知らぬ人たちとの会話を、四国の自然といっしょに、一冊の本に散りばめました。

それに、
テレビのドキュメンタリーと実際の遍路道は、ちょっとちがった……。

 

明暗に ウソと誠がまじり
シリアスでありながら コミカルで
不自然ながらも 超自然
超ローカルながらも ユニバーサルな遍路道

 何気ない人々の言葉 視線 しぐさ 胸の内
どこか とても 不思議に 懐かしい

追記:電子書籍ソフトカバー本で発売中。

日本の風景 ~ 遍路の今と昔

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©William Ash

四国遍路道は、88ヶ寺だけをめぐるならばおよそ1200キロある。整備された道や速乾の服、靴、レインギア、テントに寝袋といった近代的な装備のおかげで、速い人で40日未満、平均して50日ぐらいでまわれる。「歩き、祈る」という基本的なことは同じでも、100年ぐらい前は、100日ぐらいかかったそうだ。

下の写真は、1914年に出版された本、Nippon’s Lotus Ponds; Pen Pictures of Real Japan ( Matthias Klein著) に載っていた20世紀初頭の僧侶の遍路姿で、わらじをはき、ござや弘法大師の像を背負っている。さぞかし、たいへんなことだっただろう。shikoku_pilgrims_1914

30代のアメリカ人と日本人の夫婦遍路が、四国八十八ヶ所遍路道を奥の院や番外といっしょに3周した思い出をまとめた75日間の聖地巡礼日記
「空海の人びと」
電子書籍ソフトカバー本で発売中。

四国遍路道 ~ 納経する人々

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©William Ash

四国の遍路道をまわったとき、納経をお寺でお願いした。納経帳は重いので、歩きの遍路にとっては悩みの種。でもごく稀に、ご住職が丁寧に書いて、「お気をつけて」という言葉を笑みといっしょにかけてくださったりすると、賞状を受けとる子供のような気分になって、ありがたくなったりする。流れるような黒文字をみると、遍路の疲れも、いっしょにどこかに流れていくようだった。

 

30代のアメリカ人と日本人の夫婦が、八十八カ所や奥の院、番外を訪ねながら
四国遍路道を歩いて3周した遍路日記をまとめた聖地巡礼メモア
「空海の人びと」
電子書籍ソフトカバー本で発売中。

熊谷寺, 八番札所—四国遍路

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©William Ash

熊谷寺は、その名前ほど、恐ろしいところではない。むしろのどかなお寺で、小さな谷の端にある。写真の右は本堂、左の階段は大師堂へと続いている。

鐘撞き堂で鐘をつきながら、私たちは、あるアメリカ人夫婦のことを思っていた。まだ遍路道ブームがおこる前の90年代、かれらは遍路道をテントをかついで歩いて巡り、この鐘撞き堂では、住職から許されて一夜を過ごした。そう‥‥、かれらこそ、私たちが遍路道を歩くきっかけとなったのだった。

 

30代のアメリカ人と日本人の夫婦が、八十八カ所や奥の院、番外を訪ねながら
四国遍路道を歩いて3周した遍路日記をまとめた聖地巡礼メモア
「空海の人びと」
電子書籍ソフトカバー本で発売中。

四国遍路道

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©William Ash

この冬は、「四国遍路道」写真集の作製をしていて、四国遍路の日記を見直している。一周あたり、歩いて平均50日ぐらいかかる。写真の笠に書かれている「同行二人」は、「弘法大師といっしょに二人で歩む」という意味で、私たちは弘法大師とともに「世界平和」を祈りながら3周した。

遍路中は、テレビの放送とは似ても似つかない光景をみて、いろいろな思いが心をよぎった。でも、1周目(1998年)が終わったときは、さすがに驚いていた。この道を守ってきた、ふところの深い慈愛に満ちた精神は、どこから来ているのか?

歩き終えたときには、「人生そのものが遍路道、日常生活もまた遍路道」という、当たり前の思いをもって家路につく人が多いというが、確かに、あれだけ体も使って歩けば、どっかに意識だけが飛んでいってしまう妄想人間は、遍路道からは生まれないだろう。

ただ困ったことに、普通の生活にもどっても、どこへでも歩いていこうとする。どこへでも歩いていけると信じている。バスも電車も目に入らず、ただモーレツに歩きたくなる。喜んだのは犬で、それまで15分だった散歩が、2時間、3時間になった。いっしょに歩いていた空海が、今度は、愛犬になったような気がした。

でも、今はメイン州の冬の中、あまりに寒すぎて歩けな〜い。

 

30代のアメリカ人と日本人の夫婦が、八十八カ所や奥の院、番外を訪ねながら
四国遍路道を歩いて3周した遍路日記をまとめた聖地巡礼メモア
「空海の人びと」
電子書籍ソフトカバー本で発売中。