冬の満月
月明かり 雪明かり
森をゆかば
木と影が溶けあい
みな幻想となり
歩みを止めて 足元を見る
「白松ークリスタルな森の主」
氷は
一本の針すら 見逃さなかった
白松の葉は
ひと針 ひと針 氷でつつみこまれ
落ちた葉は 雪と氷の間で
標本のように閉じ込められた
森は 今
空から放たれた氷の巣の中に沈み
寒風にこすれ合いながら
痛げに メタリックな音をたてている
けれど‥‥
太陽が顔を見せれば
絡みあう氷の網に 光が 一気に走る
無数の網の中を 交差して照りかえしながら
森をきらめかせ
触れたものを容赦なくとらえていた氷を
その輝きのうちに 消していく
かけらに変え
しずくに変えて
森の底へと 消していく
そして
ひときは高い樹冠をもつ白松が
いち早く
青空の息吹の中に 放たれる
メイン州の森の主たる白松は
こうして 数十年 数百年と
厳しい冬を超えていく
輝きの中に立つ
自らの姿を 知っている
(注)
ここでいう白松は、Eastern White Pineとよばれる北米の北東部にみられる白松のことで、中でも、メイン州は「Eastern White Pineの州」とよばれている。樹高が高く、50メートルを超えるものも見られ、成木は200年から250年の樹齢がある。
ペマキットポイント(Pemaquid Point)まで出かけた。この上なく美しいニューイングランドの秋の日、空に雲はなく、水平線もくっきりと見えているかのようだった。
ところが、目を凝らしてみれば、水平線と見えていたものは、メイン州ではよくみられる霧峰(fog bank)とよばれる濃い霧の層だった。霧峰は、思いのほか速いスピードで、岩場に座っていた私たちに迫ってきた。
海と空という大きく確かだった空間は、あっという間に霧のなかにきえ、太陽は真昼の白い満月に変わり、その白光にきらめく霧のなかで私たちはじっとして、霧がからだの中をも抜けていくような感覚に酔いしれていた。やがて、波音にまじって、人の声がした。「30年もここに通いつづけているけれど、こんな美しい霧峰は、はじめてだわ。」