Harvest 2016

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@William Ash

毎年のことながら、8月には驚かされる。たとえば、今年は桃やブラックベリーが豊作で収穫におわれた。収穫量が多いのはうれしいことだが、その分、仕事が増える。それでいて外に出て作業をはじめてしまえば、あとは瞑想的な時間が流れる。昼間の忙しさも忘れ、ただ収穫をするということだけなのに、地球という星のサイクルを感じている。ブラックベリーも桃も、こうして実をいただく人間や野鳥、受粉をする虫のことなど無関心かもしれない。それでいて、お互いが必要だという共生の世界にいるという不思議を思う。

 

Green

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@William Ash

この8月は二日おきに二人して、野原でワイルドブラックベリーを収穫した。野原はこの季節、さまざまな緑色にあふれているが、ふと視線を森にやれば、緑の波は森の深い緑色へとその色合いを変えていく。すでにブラックベリーの枝も、赤くなりはじめて、早くも秋の気配がする。

夏の盛り

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©William Ash  Sea Wall Beach in Phippsburg, ME

30度近くの真夏日が、3、4日続いた。日本のような湿気がないから、蒸し暑いということはないけれど、エアコンのないメイン州の住民にとっては、夕方に気温が下がるまではちょっとしんどい。他の地域の猛暑を考えれば、文句など言っていられないのだけれど。

ほとんど雨が降らない大地

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©William Ash

今年の夏は、異常なぐらい雨が少ない。夕立の予報が出ても、雨も落とさずに雨雲だけが頭上を過ぎていく。我が家の庭は草ぼうぼうの状態だから、なんとか植物が生き延びているけれど、芝を刈っている人たちの庭は、まだらに茶色になってきている。

こういう夏は、雑草がどれだけ大地に含まれた水の蒸発を防いでいるかがよくわかる。中でも驚きなのは、草の中に生えてきたズッキーニを見つけたこと。全く水をやっていないのに、草の中で枯れずに実をつけている。ズッキーニは、毎日水をやらないと枯れてしまうほど水が必要な植物なのに、雑草の間で大きくなっていくなんて、植物が協力し合っているとしか思えない。

夏の風物詩、ブラックベリー2016

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©William Ash

ブラックベリーが実りはじめた。昨年のがまだ冷凍庫に残っているぐらい、我が家の庭からとれる野生のフルーツの中では収穫量が多い。涼しくて、まだ明るい夏の夕暮れに、野原のブラックベリーを二人して積むことが、夏の年中行事となってきた。

真夜中の稲妻 2016

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©William Ash

真夜中に雷雨がきて、目が覚めた。暴風に揺れる樹々を打つ雨音が、開けっ放しの窓の向こうの真っ暗な森から聞こえてくる。樹々の歓声のように生き生きとしていて、一瞬、外が明るくなったと思ったら、大気にヒビをいれたような雷鳴がした。画像は、稲妻で明るく照らされた窓の外の木立。

視線の片隅にあるもの 〜 夏

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©William Ash

家の裏の森や野原にはいろいろなものがいるけれど、まわりの色にうまく紛れていて、わかるのは動いたときだけだ。このトンボも、野生のごぼうの種にとまってじっとしていたら、見逃してしまったかもしれない。このトンボ、よく見てみるとすばらしい。life_in_maine_dragonfly_3羽の細やかさや色、頭の後ろの黄色といい、このトンボがたどってきた進化を思うと驚異だ。