メイン州の初秋

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by William Ash    写真をクリックして拡大してご覧ください。

初秋は、好きな季節だ。りんごの収穫がはじまり、それでいて、庭にはまだトマトがなっている。しかし、なんといっても美しいのは森。深い琥珀色と赤色にそまる晩秋の森もいいが、鮮烈なイエローとゴールドカラーが、まだ緑色のままの木々の間で生き生きと生える初秋の森の姿は、命そのものにあふれている。

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*写真について
ドキュメンタリーの写真を撮ることをしてきたので、このブログにのせる写真も、カメラのフルスクリーンに映ったものそのままを載せています。画像のコントラストに手を加えるぐらいのほかは、クリッピング、加工や修正等は一切していません。

Futon Daiko - William Ash

 

このサイトは、日英の二カ国語サイトです。内容は同じとは限りませんが、一番下の言語のところを「日本語」から「English」に切り替えますと、当ブログの英語サイトがご覧になれます。

夏のおわりの嵐

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By William Ash

8月の終わりから9月のはじめにかけて 嵐がくる

小天使ケルビムか それとも

天使のコーラスを待っているのか

沈む太陽の光をうけながら 嵐は

目をみはるようなバロック調の姿に変身する

そして、閃光と雷の

聖なるシグナルをおくりながら通り過ぎていく

 

 

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食べられる庭 ~ イワミツバ

毎年、少しずつ芝生を手ではいで、野菜畑を広げて4年目になるが、今年は、大きく方向転換した。

きっかけは、大きな脳を与えられた人類が、ただ食べ物のために必死に種を植えたり、耕したりしてあくせくしなくちゃいけないのか?」と思って、前から気になっていた下の植物の名をインターネットで調べたこと。

庭のバラの下に陣取っていて、毎年春になるとものすごい勢いで広がっていく。なんども引き抜こうとおもったのだが、パセリの匂いがするのでできなかった。

庭のイワミツバ(goutweed) photo by William Ash

庭のイワミツバ(goutweed) photo by William Ash

草の学名は「 Aegopodium podagraria」、英名の一般的なものは「goutweed」。

数年まえにも調べたのだが、そのときは春先で、葉形がちがっていたためにわからなかった。この草の葉は、発芽してきてしばらくは、写真中央の葉のように3枚には分かれていない。向って左の葉のように、両側の小さな葉がくっついて一枚だったり、向って右の葉のように、片側だけはがれて2枚の葉になっているのだ。

この植物は、芝生が命のアメリカ人にはひどく嫌われているが、食用と知っている人には、自然がもたらしてくれたギフトと受け取られる。なぜなら‥‥

とくに中世期ヨーロッパの僧院などで、薬用(リュウマチ、痛風に効く)、食用として栽培された長い歴史をもつ多年草なのだ。驚いたことに日本にもあり、和名では「イワミツバ」と呼ばれているらしい。

若葉とその茎は、生でも煮ても食べられる。ほうれん草やパセリと同じ感じで使える。ビタミンCが豊富らしい。炒めたり、詰め物に入れたり、チーズといっしょに料理してもおいしい。ドイツでは、スープに利用されているとか。有り余るばかりの葉はつんで乾燥させれば、スパイスとしてあとで使える。

私たちは、サンドイッチにいれたり、果物といっしょにスムージーにして飲んでいる。好き嫌いこそあれ、イタリアンパセリよりも、香りがよく、ほうれん草のようにアクが強くない。ものすごく重宝する野菜だと思う。

ただし、猛毒をもつ毒ゼリ、学名「Cicuta virosa」英名「water hemlock」と似ているので、混同しないように注意が必要。まちがって食べて、重度の中毒をおこすケースが時々ある。地元の野草専門家に確認してから、食べることをおすすめする。

イワミツバを機に、この夏は庭の野草を調べまくって、40種以上の食べられる薬草をみつけた。「雑草」として、排他的な気持ちをおこすようにしくまれてきた思考回路が、修正されていくようだった。

新鮮で無農薬の「野菜」は、すでにまわりにたくさんあり、しかも、向こうから風や鳥にのってやってきてくれるのだった。そして今、足下の世界は、見るも楽しいものとなった。わ〜い、お菓子の森じゃないけれど、食べられる庭だ〜。

 

記憶 Part 1

このところ、記憶と家系について想いをめぐらせている。自分は、拡大家族という大所帯の家族構成から抜けでた世代だ。祖父母と曾祖父母の品物をいくつか受け継いできたものの、彼らの記憶は、漠然としたものしかない。彼らがどんな人たちだったのか、話は聞いてきた。しかし、私には、ほんのひとにぎりの遠い記憶しかなく、断片的だ。今ではみんな、亡くなっている。残されたものは、こうした彼らの物だけである。下の写真は、現在、製作中のプロジェクトからのものだ。

 

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母方の祖父が使っていた小さな万力というもので、工作物を挟んで固定する道具である。祖父はカナダのノーバスコシアで、ボートを作っていた。背が低く、無口で、厳格な人だったのを、なんとなく覚えている。あまり話をした記憶はない。

ただ、いっしょに遊んでくれた記憶がひとつある。祖父が、自分の杖の持ち手を私の足首にひっかけては、私を転ばせた。幼い私は、声をあげて笑った。こんなことを数分の間、私たちは繰り返したのだった。