先週の強風で、木が一本倒れてしまった。ずっと枯れた状態で立っていた木は、こうして横にしてくれる強い風を、ひたすら待っていたのだろう。
詩人は、今の季節を歌わない。少なくとも、満ちていく時を叙情的に歌い上げるといった感じでは歌わない。でも森は、この季節が夏のパワーと同じ豊かさをもっているのを見せてくれる。自らの尾をくわえて環となった蛇「ウロボロス」のように、森も、森自身がその祖先なのだ。
家にはニューファンランド犬のHikariがいるので、野生の七面鳥は昼間は近くにはやってこないのだが、この鳥はちょっとちがう。ときどきバードフィーダーのところにきて、一人でこぼれたひまわりの種を食べる。逃げ足も速く、こちらの視線を感じると、あっという間に森に走っていってしまう。体全体が今の季節の森の色をしているので、そうなると目で姿を追うことはできない。
年の初めに、オスの七面鳥は大きな群れをつくる。でもこの鳥はメス。メスは体調91センチぐらいで、オスよりも25センチぐらい小さい。大きな愛らしい目に頭の青色とのどの赤い点が、なんともおしゃれじゃないだろうか。野生の七面鳥は、19世紀にはハンターによって絶滅にまで追い込まれそうになったが、メイン州では数が増加している。ただ、走るのは速いものの、高く飛べないのでの、高速道路をわたろうとして車にひかれることがある。
視覚が世界を作る。でも、人間が「目の前の空間にあるものを見ている」と思っている最中に実際におきていることは、「目の網膜に写ったイメージをプロセス中」ということにすぎない。見ている世界とその表層の現実は、心とバイオロジーによる幻想なのだ。
目によって、世界もちがってくる。よく知られているのは、昆虫の「複眼」。ほ乳類の目とちがい、映写された画像を使わないだけでなく、たくさんの目をもつ。クモなど、8個もの目をもっている。
画像の虫は、顏の前面の大きな目のほかに、頭の後ろに透明のドーム型の目を三つもっているように見える。拾った虫だが、なんの虫か知っている人がいたら教えてほしい。なんとなく仮面ライダーを思い出す。
こんなすごい面をした虫たちが、まわりをブンブン飛んでいるこの世というもの。ドローン顔負けの情報を虫は収拾しているかも……なんて考えてしまうし、人間の視覚では拾えない生命体がいて当たり前に思える。それが雲に見えたり、風をおこしたりしているのかも。