黄昏~Twilight

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©William Ash

黄昏どきは、不思議な時だ。日中ほど明るすぎず、夜ほど暗すぎず‥。人間の視覚には、形は影へと消えるにつれて、固体性をなくすようにみえ、カメラには、ほとんど内側から輝いているように見える。

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黄昏ーEnglish Lens

今日の記事ー黄昏ーの写真を見ながら、次の日本語を英語にしてみる。

人間の視覚には、形は影へと消えるにつれて、固体性をなくすように見える。
カメラには、形がほとんど内側から、輝いているように見える。

部分、部分を英訳すると‥‥ Continue reading

在ること、変わること~ Being, Becoming 

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©William Ash

どうして生命があるのか? 自己編成ができる生命というものは、宇宙の自然の産物なのか?

なんでこんなことを思うかといえば、グレイト・ゴルフ・ウィルダネスは、最後の氷河期に氷によって削られ、残されたのは岩の世界だったのに、そんなきびしい地形にもかかわらず命は繁栄した。何層にもなって生命体がコロニーをつくり、今の美しい世界をつくった。その生命体が生息している山は浸食されるがままなのに、生命は多様化して、想像もできないぐらい複雑化した。

物質的な化学反応のなかに置かれたままのものと、意識的に変わっていける生命体とのちがいは、なぜ、どこからくるのだろう? それとも、五感では、山も石も岩も、実は意識をもって生きている生命体ということが見えないだけなのだろうか?

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哀愁の秋

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©William Ash

様々な秋の色とともに、哀愁がやってくる。夏に爆発した生命の活力は、燃え尽きたようだ。5月に裏の森の林床から勢いよく芽を出したシダが、土の中へと消え入るようにもどっていく。

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静けさ

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©William Ash

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静けさ ー English Lens

今日の記事ー静けさーの写真をみながら、下の日本語を英語にしてみよう。

この上なく、静かな日だった。
雲ひとつない空の下、動いていたのは、穏やかな潮の満ち引きだけだった。

部分、部分を訳してみると‥‥ Continue reading

9月の海

acadia_september_seasアーカディア国立公園のスクーディックポイント。この場所のスケールを想像することは難しい。前景の岩にしてみれば、人間は小人にすぎない。

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Northern Forest ~北の森

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©William Ash

地図上では、東京から大阪まで一直線で、400kmぐらいあるらしい。アメリカ東部には、その1.5倍よりも長いおよそ644kmにわたってのびる森林地帯がある。ニューヨーク州から、メイン州北部のカナダ国境までつづいている

ノーザン・フォリスト(Northern Forest)だ。

固有の生態系をもち、「人の手によって荒らされていない森」というのが、この森林地帯のうたい文句らしい。それでも、森のなかの村や町、小さな市では、200万人の人が住んでいる。

先週末に、この地域内にあるグレイト・ゴルフ・ウィルダネス・エリア( Great Gulf Wilderness Area)をちょっと歩いてみた。前のようにワシントン山の氷河圏谷の上から見下ろすのではなくて、圏谷の底に入ってみたわけだが、緑が香り、平坦でひっそりとした小道がつづいていた。

人間なら、すっかり瞑想モードに入りそうな道だが、植物のほうは、使えるものは何でも使って、林床から樹冠まで広がっていた。氷河期の迷子石や、氷河にけずられて落ちた巨大な岩もなんのその。シダ、苔、木々が生えて、まるで岩ひとつが小さな森のモデルのようになっていた。

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リビング・フォレスト

 

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©William Ash

風のある日には、高い木だけが水面から顔をだして、太陽を仰いでいるかのように見える。ひんやりとした水底からすっとのびる幹の間に立って、自分は、水面に映る影を見上げるばかりのものとなる。

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